幸せにな、瀬奈【父親が、結婚する娘に残したお祝いメッセージ】

幸せにな、瀬奈【父親が、結婚する娘に残したお祝いメッセージ】

真っ赤なバージンロードを、純白のウエディングドレスに身を包んだ花嫁が歩く。

この日の式場も混み合っていた。

贔屓目に見なかったとしても、この日一番の花嫁さんだ。

「なぁ聡、やっぱり瀬奈が一番の花嫁だよな」

「だよな、ピカイチだろ」

「おい茂、おめーも何とか言えよ」

「親バカだな(笑)」

「んな事ねーだろ、ピカイチだって」

「親バカって言うか身内バカ?か?」

「いいじゃねーかよ瀬奈自身が言ってくれたんだぜ」

「私のパパ達だって」

「…幼稚園位の時だったよな確か」

「入園前じゃなかったか」

「七五三も行ったよな、俺達」

「…早えーよな」

「早えーよな」

「聡の頭も薄くなるはすだ」

「茂、おめーの腹もな」


瀬奈…

俺達の親友、隆史の娘。

今日は、その瀬奈の結婚式。

隆史の好きだったF1。

まだ中嶋悟が活躍し、本格的なF1ブームが来る前の80年代後半。

後に、音速の貴公子と呼ばれるアイルトンセナ。

モータースポーツ好きだった隆史は、早々とその名を付けた。

セナちゃんと言う名前が流行る前だった。

ブラジル人の名前を漢字にして付けるなんて芸当、当時の俺達には思いも付かなかった。

そんな瀬奈の父親。

俺達の親友、隆史はあの19の夏、花火大会の夜。

永遠に19才のまま行っちまった。

高校出てすぐ

『あのさ、俺、父親になるみてーだ。』

そう俺達に言っといて、ちっとも父親しなかった。

節目の行事ごとは、俺達愉快な仲間達に押し付けた。

アホな隆史は逝っちまった。

あの娘が言った。

『瀬奈のパパ達』


「可愛かったよなぁ、瀬奈」

「泣くなよ聡」

「歳くうとさ、これだからたまんねーよな」

「新郎の父親の挨拶、そろそろだよな」

「だな」

「じゃあ、その前だよな」

「だよな」

「ちゃんと司会に説明したんだろうな、茂」

「聡と一緒にすんなよ」

にわか仕込みだが、具体的な打ち合わせも急遽して来た。


瀬奈の結婚式の数週間前だった。

深夜布団の中。

俺は小さかったあの瀬奈が成長し、結婚してゆく事の月日の流れの早さを感じると共に、隆史が死んだあの夏、遠ざかる年月の早さを考え、様々な思いを馳せていた。

『隆史よぉ…』

『ホントに、おめーは最後までろくな事しなかったよな』

『そこがまたオメェらしいけどよ』

『てめぇはさ………』

『………………』

『……………・・・あっ!』

ガバッ!

俺の脳裡に20数年前の記憶が甦り、跳ね起きた!

《あっ!てめぇ!この野郎!なんて事すんだよ隆史!》

《悪ぃで済むかよ!まだローンも終わってねーし、鈴鹿で中嶋悟撮れねーじゃんかよ》

ある!まだある!

絶対に何処かにある!

あの日病院。

瀬奈の産まれたあの日。

初めてローンで買ったばかりの八ミリ。

自慢気に持ちだして、瀬奈を撮ってやるって。

《ちょっと次俺にも撮らせてくれよ、貸して貸して》

あの日、悪ふざけの挙げ句に八ミリを隆史が落として、壊してしまった。

バッテリーがきかなくなり、あのテープも取り出せないまま一度も観ずに。

買って初めての撮影、結局ローンだけが残り、一度もまともに使えず新品の八ミリはお釈迦なった。

ある!捨ててねー

ある!実家に眠らせたままあるはずだ。


《かわいいなぁ~赤ちゃん》

《聡、バイ菌うつすなよ》《失礼な!》

《隆史に似てなくてよかったよな》

《似てんじゃねーかよ》

《似てねーよ》

《隆史名前決まったのか?》

《まだなんだよなぁ~》

《オイオイ、のんびりしてんなー》

《よし、隆史赤ちゃんと一緒に撮ってやるよ》

瀬奈には父親の隆史との記憶はない。

写真の中でしか見た事のない父親、隆史。

《隆史ぃなんか赤ちゃんに話しかけてやれよ!》

《カメラ慣れしてねーんだよ俺、何はなしゃいいんだよ、悩んじまうだろ》

《なんでもいいんだよ!》

ぎこちなく隆史がカメラに向かい話し始める

《どーも、父親の隆史です初めまして、あそこにみえるのが君です》

《隆史、お前バカ?》

《赤ちゃんに話しかけるんだろ、カメラに話してどーすんだよ、タコ助》

《うっせーな、病院なんだから静かにしろ!これはな、この八ミリを赤ちゃんが将来見た時の為なんだよ》

《…隆史、お前アホだけど発想がたまにいいんだよな》

《どーも今見ている、一緒に見てんのか?俺?その俺?よりもまだ若い頃のパパ、父です、お父様、父上です》

《そしてあれに見える赤ちゃんが、えーとえーと、やべぇ名前まだなんだけどさ、君です、赤ちゃん、今これみている…》

「せ、瀬奈です」

「パパ…パパ」

「私、瀬奈です」

暗くなった式場。

八ミリのテープから御丁寧にDVDへ引っ越した隆史が式場の雰囲気もよそに、スクリーン越しに話しつづける。

《こんな俺んところに産まれて来てくれてありがとな》

「は…い」

もう、瀬奈はそう一言言うのが精一杯で涙がとまらない

《ついでだからさ自分、60才だっけ?赤いチャンチャンコ着るの?俺が爺さんになった俺に向かってさ、若い俺が爺ぃの俺にむかってさ??アレ?難しいな》

《バカな事言ってんなよバッテリーとテープの無駄だろ!》


「聡…」

「ん?」

「お前さ、ここ生涯で最高のセリフこれで、吐いたよな…」

「だろっ?」

「茂、お前泣いてんのか」

「黙って隆史の馬鹿さ加減、見ててやれよ…」


《隆史!んじゃ赤ちゃんの結婚式ってのはどーだ!祝いの言葉にしろよ!ガハハハ、隆史泣くなよ》


「ナイス、聡!」

お前は偉い。

20数年前の聡、お前素晴らしい。

式場が静まりかえる。

瀬奈がハッとして、真っ赤になった瞳をあげた。

今の自分よりも若い父親。

写真の中でしか知らなかった父親。

初めて聞く自分の父親の声。

瀬奈は、スクリーンの中の隆史に向かい、瞳をあわせた

《えー赤ちゃん…じゃねぇ…なんていえばいいんだ?ハハッ、名前まだだし》

「瀬奈です!」

「パパ、瀬奈です」


そりゃ無理だぜ、瀬奈。

まるでスクリーンの隆史にせがみ、すがりつきそうな瀬奈。

焦れってーじゃねぇか。

分かってる、分かってるけどよ。

馬鹿!隆史、瀬奈だよ!瀬奈!

名前呼んでやれってアホ!ばか隆史!くそ隆史!

一言呼んでやれよ!

そりゃ無理だって

分かってるよ無理だって。でも呼んでやれよ、くそ隆史!

静まり還った式場内。

能天気に話す隆史に、誰もがその、間にしびれた。

誰もがそう思ったし、願った。

出来る事ならば一言、たった一言でいい。

とにかく隆史の馬鹿!

みんなそう叫びたかったろうね。

だってホントに馬鹿だったしあいつ。

その間を静けさを切り裂き、スクリーンの中から隆史の声が式場内に響いた

《瀬奈》

!!

式場内の誰もが耳を疑う中、瀬奈だけがその隆史の呼び掛けに反応し、夢中で瀬奈が応える。

「はいっ」

《おめでとう》

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

誰もが一瞬我が耳を疑った

《幸せにな…瀬奈》

瀬奈の返事は声にならない。

ただもう、涙でスクリーンすら見えない。

スクリーンに向かい何度も何度も首を小さく、強く頷くだけで精一杯だった。

「茂!」

俺と聡が、同時に茂に視線を走らせた。

「おっお前…いつの間にこんな…」

「バッチグーだろ」

あの、ガキの頃のまんまの茂の悪戯っぽい顔にも涙がひかる。


《すげーんだよあいつ!まだ若けーのによ》

《オイオイ、隆史オメーの方がわけぇから》

《やっぱり天才だよな》

《よし!八ミリにむかって》

アイルトン

《セナ》

グランプリ優勝おめでとう!

《セナ》おめでとう


「茂、お前、編集の才能」

「大したもんだよ」

「俺も、見直したよ」

「茂最高!」

「20数年前の聡も最高!」

「今の俺も最高だけどな」

「なあ?」

「ん?」

「式終わったら3人で飲むか」

「駄目だってよ。4人だとさ」

「隆史も入れてくれだって」

「あいつ、酒ぐせ悪かったよな」

「つぅーかよ、隆史、未成年じゃね?」

「でも、俺明日仕事なんだよなぁ」

「おめーもダサくなったよな小次郎」

「確かに」

昔から変わらぬ朝までコース。

隆史の分まで盃ついで。

中年男達…プラス未成年の朝までコース。

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