中学のときの音楽の教師が最悪だった

中学のときの音楽の教師が最悪だった

中学のとき、校内の合唱コンクールがあったんだが、学年ごとにどこか1クラスが優勝が決まるものだった。

それ以外に選抜合唱グループというものがあり、クラスから数人選ばれ3学年混ざって高等な合唱を披露するというやつだった。

私は2年のときに、それに選ばれた。

選ばれた理由はよくわからない。

私は音痴だし声量が無いし、何故選ばれたのかは未だに謎。

選抜グループに選ばれた生徒は昼休みや放課後、夏休みもひたすら練習だった。

地味だった私は、派手なやつらが群がるこの時間がいやで仕方が無かった。

なによりもDQNなやつらより嫌だったのが、選抜グループをまとめあげる音楽教師(女)。

こいつは見た目がポケモンのブニャット(わからなかったらググってください)そっくりでDQN贔屓、地味には冷たく当たる奴。

私は声もかけられないし、恐らくこの時点では名前も覚えられてなかった。選抜しているのはこの教師のはずなんだけどね。

なぜか私はパートリーダーに抜擢され(アルトに選ばれた)、アルトのメロディラインを電子ピアノで弾いてみんなで練習しろと言われた。

私はピアノの経験も無いし楽譜も読めない。

さすがのDQNも私の味方についてくれ、教師に抗議したが「甘えんな!」の一言。

楽譜が読めないんじゃ手も足も出ない。

結局は、パートリーダーを別の子に変わってもらった。

夏休みのある日、父が急死した。

合唱練習を何日か欠席しなければならなくなり、教師にしばらく欠席する旨を伝えた。

教師は「あ~わかった」と返してきたので、承認されたと受け取って欠席した。

そして復帰したある日、教師は私をパート練習中に呼び出し、怒鳴りつけてきた。

教師「お前に練習する資格は無い!パート練習に加わるな!」

私「え?」

教師「大事な時期に何日も休むなんて言語道断、選抜の自覚が無さ過ぎる!」

私「父が亡くなったんです。私、連絡したと思うんですが・・・」

教師「どんな理由であろうと休むのは悪。」

私は練習から外された。

みんなが練習している中、音楽室の隅っこでポツンと立っているだけ。

親にも言えず、また休んだら何か言われるんじゃないかと思って休めず、ひたすら音楽室の隅っこで立ってた。

1日の練習時間は3、4時間程だったがずっと立ってた。

他の生徒の視線が痛かったよ。そんな苦痛を3日も味わった。

3日目にようやく教師が、

「ねぇ、みんな。私さんは大事な時期に休んだお馬鹿さんだから練習から外したけど、糞まじめに休まずに登校してきてたから、そろそろ許してやってもいいんじゃないかと思う。どう思う?」

と、全体合わせ練習のときに突然言い放った。

晒し者にされるって、こういう時のことを言うんだろうね。

みんなオロオロしてた。

DQNもオロオロしてた。

そのうちの一人が「許してもいいと思います」と言ってくれたので、周りもポツポツと「いいと思います」と言いはじめた。

教師は「あ、そう」とだけ言って、私はあっさり練習に戻ることができた。

その日の練習終了後、私は初めてこの件で泣いた。

教師はすでに音楽室からいなくなっていたが、生徒は何人か残っており、

私の周りに集まってきて慰めてくれた。

苦手だったDQNも「教師に抗議してやれなくてゴメン」と言ってくれた。

散々DQNだと思って接触を避けていたが、よく考えて見ると最初のパートリーダーのときから私を守ってくれていたんだよね。

この件で私は派手にはなりきれないけど、地味な学校生活ではなくなった。

このとき声をかけてくれたDQN(最後までDQN表記で申し訳ない)とは、今では良きママ友関係でいる。

ちなみにこの教師は私が卒業すると同時に転勤になった。

最大の修羅場は、練習を外された地獄の3日間でした。

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