ごめんね、おばあちゃん

ごめんね、おばあちゃん

この話は個人的に私しか泣けないと思うけど、この機会に懺悔したいので書きます。

祖母は父を40過ぎで産んでいるので高齢でした。

大変に頭のいい人だったので、いつもすっきりしていましたね。

でも80歳を過ぎてから、少しづつ言動がおかしくなって、ボケでしょうか。

私、この言葉好きです。

認知症よりずっといい。

それでも徘徊するわけでもなく、今のことを考えれば家族としては楽だったのではないでしょうか。

当時、母はパートに出ていて、その必要もなかったと思うのですがアクティブな人だから仕方がないでしょう。

でも、やることはやっていました。

昼休みに帰って来て、祖母の昼食を作っていました。

だから、土日と休日が私の出番なんですよ。

当時、小学五六年でしょうか。

お昼を食べさして様子をみて、楽なものですよ。

だけどね、言うのよ。

『ご飯はまだかい?』

と、これはもう定番ですよね。

いつもいつもなんだけど、ある時意地悪したくなって。

大人だって馬鹿な人が多いのに、子供なんて不完全なんだからさらに馬鹿よね。

特に私は馬鹿だった。

言っちゃったのよ。

「さっき食べたくせに、なんなのよ」と。

おばあちゃん悲しそうだったね。

「年を取るのは、悲しいことだね」と。

明治生まれの女はプライドが高いのよ。

その後、一度も『飯はまだかね』の発言はありませんでした。

おばあちゃんきっとボケていなかったんだよ。

ただ、孫とコミニュケーションを取りたかっただけなんだよ。

今ならわかるよ。

だけどあの時点では、おばあちゃんの寂しさとか悲しさなんて全くわからなかった。

優しい人ではなかったけど、人形の着物とか作ってくれた。

厳しい人だったから、晩年は寂しかったのだと思う。

老人問題は大変ですよ、介護だけでも大変でしょう。

だけどね、もうすぐ別の世界に行く人に対しては、この世に居る人が心から対応するべきだと思います。

私が言っているのは介護ではありません。

きっとね、おばあちゃんが求めたのは心の触れ合いだったのでしょうね。

どうしても、当時はわからなかった。

一緒に暮らしていても、おばあちゃんきっと寂しかったんだよ。

ごめんね、おばあちゃん。

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