
生きた証し
父危篤急ぐ家路に夏至る。
6月21日は、父の命日です。
暦のうえでは、夏至です。
勤務が休みだったので、細君と墓参りをしました。
亡くなって10年目にして、やっと墓前に句を供えられました。
細君からは、義弟への句もせがまれましたが、すぐにはできません――
昨冬、義理の弟に亡くなられました。
41歳の若さでした。
その時、私たちは、彼らの住まいに急ぎました。
そして、おそらく過労によるものだろうと、医師から聞かされました。
亡くなる数日前、私は彼と、電話で話しています。
「年末年始は、姉が手伝いに来てくれるんだってね」
「そうだよ。おめでとう、お父さんになった実感は?」
「いやあ(苦笑い?)。もし来てくれるんだったら……」
そんなやり取りでした。
行く場合の伝言も、頼まれました。
奥さんは、赤ん坊を抱きながら、弔問客を相手に、気丈に振る舞います。
私は、奥さんが40歳を迎え、初の子供を作る決心をしたことに感動していました。
男の偏見かもしれませんが、その年まで子宝に恵まれなければ、断念するのが普通ではないのでしょうか。
通夜・告別式と、滞りなく進み、親類縁者たちも、三々五々散りました。
でも、細君は四十九日が明けるまで滞在し、亡き弟との約束を果たすことになりました。
見ると、家事に追われています。
奥さんは、生後2週間たった赤ん坊をあやしながら、私に話しかけます。
「かわいいでしょ、お兄さん」
「うん。ナオちゃんって言ったね」
「そう。あの人、この子を、正味1時間も抱いてないの」
言葉が、つながりません。
「去年の今頃、あの人に、頭を下げて頼んだの。どうしても、子供が欲しいって」
「……」
その夜、私は帰宅しました。
やがて年が改まり、松の内とともに四十九日も明け、細君が戻りました。
そして、本気とも冗談ともつかぬ口調で言うのです。
「あたしも、子供を残して、死にたい。それが、生きたという意味だから」
「ばか」
冷静に一喝するしかありません。
結婚した当初は、一回りも若い細君を羨ましがれ、私も自慢でした。
でも……。
――そういえば、あの時の電話で、彼はこうも言っています。
「姉が病気がちで、迷惑をかけている。二人で仲良くやってくれればいいよ」。
確かに、そう思います。
仲良く生きて、天寿を全うする。
それが、先立った人への最大の礼儀で、生きた証になるのかもしれません。
来年までに作ると約束し、墓前に手を合わせると、小雨が散り始めました。
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