幼稚園の時の私が渡すべきだった

じいちゃん、ばあちゃんのこと
幼稚園の時、祖父がなんとなく嫌いだった。

だって怖いし、家が近くないからなかなか懐かなかった。

で、その幼稚園で「おじいちゃん・おばあちゃんの似顔絵を描こう」ってのがあったのよ。

その一年に一度の大イベント、一年目はおばあちゃんを描いた。

だっておじいちゃんを描くのが癪だから。

絵を持って帰るとお母さんは苦笑して「来年はおじいちゃん描いたら」って言われたけど、無視。

二年目もおばあちゃん。

だって癪じゃない。

でもおじいちゃんが私を見て、さみしそうに笑うのよ。

上手だねって。

幼いながらに感じた罪悪感は凄まじかったね。

特に二年目。

仕方ないから、来年は、最後の一年はおじいちゃん描こう、って、心に決めたの。

で、描いたの。

そしたらね、しばらく会えないって言われた。

祖父が倒れたからって。

吃驚した。

小さい私は大人たちに何も教えて貰えなくって、怖くて不安だった。

分かったのは、祖父の危機ってことだけ。

私が心配しないように隠していたんだろうけど、逆に怖かった。

で、ようやく会えたのは病院。

絵は持って行くのを忘れていて、渡せなかった。

私、すっごく心配したんだよって言えた。

おじいちゃんは笑ってた。

その事件は衝撃的で、私、祖父が退院しても会えなかった。

会っても会話はしなかった。

だって怖いし、癪だし。

おじいちゃんも話しかけてこないからいいかって思ってた。

それから大きくなるにつれて、だんだん、そのことも忘れたこの頃。

ショックも薄まって、おじいちゃんとアイコンタクトすることもできるようになった私、偉いよね。

ふと、何気なしに、その事件後、すっかり無口になった祖父が、親戚と私の会話に入ってきた。

「●●ちゃんはどこにいるんだ?」

それは私の名前だった。

目の前にいるのに、そんなおかしなことをいう。

皆笑った。

皆笑ったけど、私、上手く笑えなかった。

祖父の中で、あの事件、心筋梗塞の事件から時間は一つも動いていなかったんだ。

祖父の中では、いつまでも幼稚園の●●がいて、この、ここにいる、ときどき会う私は、何者かわかんないんだって。

ちょっとづつ大きくなる私の姿でおじいちゃんに話しかけていれば。

「●●だよ」って何度も言っていれば。

癪だなんてアホみたいなこと言ってなければ。

何か変わったかもしれないのに、私、馬鹿だ。

泣きそうだった。

いやもう、トイレで泣いた。

そこで自分が幼稚園の時に描いたおじいちゃんの絵を思い出した。

でももう絵は無駄だって、今になって気付いた。

だって今の私が渡しても駄目。

幼稚園の時の私が渡すべきだった。

祖父は、それを永遠に待ち続けるんだろうなって、それを思ってまた泣いた。

腫れた目で「おじいちゃん、●●だよ」って言ってみたけど、また祖父は笑った。

これがあのときの、あの時私が心配したと告げた時の苦笑いだってことは、すぐに分かった。

分かってないなと思って、笑顔を作りながら涙が溢れ出た。

皆の前でついに泣いてしまった。

そしたらね、祖父が「大丈夫、●●ちゃん?」なんていうから、今度はうれし泣きだよ。

もう顔ぐっちゃぐちゃ。

一族唯一の娘にあるまじき顔。

分かってくれたんだね、

ありがとうなんてきったない声で言った。

これを書いている傍らにあの時のぐしゃぐしゃになった似顔絵があります。

明日渡そうと思ってます、もう後悔しないようにね。

皆さん、大切なものは後悔しないようにすぐに渡してね。

おじいちゃん、無視してごめん。

本当は大好きだよ。

●●って手紙も付けようと思います。

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