ゲームセンターで出会ったのは、少し不思議な女の子でした

恋人のこと
俺はといえば、大のゲーセン好きだった。

格ゲーにアケカードゲーに音ゲ、割となんでもやってた。

というより、そのゲーセン独特の雰囲気が大好きだったんだ。

俺は趣味といえば絵を描くくらいで、大学でもなんのサークルにも入っていない。

だから学部に何人か友人はいれど、基本休みはひとり。

だからこそゲーセンに惚れ込んでた。

ゲームをしてれば顔なじみはできるし、言葉は悪いけど、ゲーセンに行くと

「あ。俺みたいなダメな人はたくさんいるんだ…」てきな居心地の良さがあった。

基本、ゲーセンで顔見知り程度の知り合いができるのは珍しいことではない。

毎回同じとこに行って同じようなゲームをやっていれば、顔を覚える。

ゲーセンでできた友達ってのも何人かいた。

ゲーセンってのは多分皆が考えてるよりは健全で、いい場所だと思う。

俺はその日も講義が半日だったので、

午後から意気揚々といつもどおりゲーセンに向かったんだ。

あのワクワク感がいい。

今日は何すっかなーなんて迷いつつ俺はスーパーストリートファイター4を始めた。

平日とは言え、たまたま猛者が一人いて負けがこんでイライラした。

その日は、もうスパ4はいっか…ってなって、ブレイブルーかLoVをやろうと思った。

LoVってのは、スクエニのアーケードのカードゲームでハマるとなかなか面白い。

でも金がかさむからあまりやらないんだけど、その日はやろうって決めた。

俺は筐体に座って、しばらくそのゲームのプレイに興じていた。

珍しく勝ちが続いた。そんなに得意なゲームじゃないんだが。

すると、俺の隣の筐体に女の子が座った。

LOVの人口的にも、ゲーセンでなかなか女性プレイヤーに出会うことはないから、

ちょっと驚きつつも、

「まあ別におかしいことはないよな」って思いつつ俺はゲームを続けていた。

自分のゲームが一段落すると、俺は隣の女の子の方を見てみた。

キャスケット帽?っていうのかな、を深々かぶってて顔はよく見えなかった。

俺は「面白い子だなー」なんて思った。

そして、こういうとこで趣味の合う子とか身近でいたらいいだろうに…

と半ば妄想していた。

しかし、彼女は負けると独り言を言い出した。

「今のはだめかー…」

「う~んなんでだろう」

はたから見るとちょっと変な人なんだけど、俺はなんだか彼女のことが気になりだした。

どういう気持ちで俺がそうなったのかは分からないが…

俺も最初は「まわりに聞こえるくらい独り言とか…ちょっとな…」

って思って印象は最悪だった。けどなんか気になった。

そうすると彼女は早々とLOVから引き上げて

スーパーストリートファイター4をやりに行ったので

俺は気になりついていって彼女の試合を観戦してみる事にした

彼女のスペックはすぐ分かるからちょい待ち

そうすると、彼女その時使ったキャラはさくら。

そしてなかなかに強い。PP3000くらいはありそう。

なんだろ、このへん知らない人は分かり辛いかもしれないけど、

普通に俺より遙かに上手かったんだよね。

俺は驚いて、「ほぉー…」と思ってじっと対戦する彼女を見つめていた。

俺も見ていたせいか、数人の人だかりができて、彼女がコンボを決めると

「お、おお…」

みたいなしょぼい歓声みたいのがあがるようになってたw

なんだろ、その時の彼女はすごく輝いて見えていたよ。

でも彼女はこのあと予想外の行動をとるんだよね…

さっき俺をボコボコにしたであろう、猛者プレイヤーと彼女が当たって、

彼女なら勝てるかも…と思ったけど負けちゃったんだよ。

けっこう惜しかったんだけど。

俺も「あー残念…」くらいに思って見てたんだけど

彼女は顔を真っ赤にして明らかに泣いてたんだよね。

声はゲーセンだから聞こえないけど。

俺は唖然とした。

彼女はこの時キャスケット帽をとったんだけど、ショートヘアで顔真っ赤。

明らかに泣いた状態で店外の喫煙所とかありそうな方向に出ていったから

俺もなぜか無心で追いかけていた。

なんで追いかけてしまったのかが謎なんだけど。

店の端の割と静かな喫煙所っぽいところに彼女はいた。

目を真っ赤にしていた。

というか、キャスケット帽かぶり直してたけど、顔が好みで困った。

多分一般的には可愛いって言われないタイプだと思うけど、俺はドキっとした。

俺は喫煙者だし、煙草を吸うふりをして、彼女に話しかけようと思った。

さっきは、惜しかったですね…。

ふてくされてるかと思ったが、そんなことはなかった。

にっこり笑うと、

「あぁ、見てたんですか、恥ずかしいです。

わたしああいうとこだとつい必死になっちゃって…」

と笑いながら話してくれたのには驚いた。

恐らく、ゲーセンにいるって段階で、

初対面の会話の壁ってのが数段なくなってるんだと思う。

お互いにゲーム好きだと分かってるし、

ここで自然な会話が生まれたのはゲーセンだったからだと思う。

そうすると彼女は面白そうに、

「煙草一本くれません?」と言ってきた。

俺「え、あ、吸うんですか?」

「吸わないけど、なんか見てたら…なんか」

この時点で薄々分かってたんだけど、

彼女は天然か変な人かよくワカラン人のいずれかだったw

しかし俺はといえば、大学生活サークルなし、

青春なし、家に帰れば絵かきに身を費やす

という生活を送っていたため、女の子と話すこと事態稀も稀で、舞い上がってた。

俺「じゃ、吸います?wキャスターってんですけど…ちょっと甘いかもですw」

「ありがとございます~!すぅぅ…ゴホ!ゲホ!なにこれ苦しい…」

案の定涙目になっていた。

よろしくないことではあるが、俺はもうその時、

なんなんだこの人すごく面白いし可愛いって気持ちに取り憑かれていた。

煙草が初めてってことは…そんなに悪いかんじの子ではない。

まあ見た目からしてそうではあったが。

あと、なんか知らないけどやたらと笑う。

そこで数分格ゲー談義をしていたんだけど、すごく笑うんだ。

女の子ってこんなに笑うの?というか笑った女の子ってすごい。

そもそもこんな誰とも話せたことのない格ゲーの話を、

今ここで、初対面の女性としているということが一番信じられなかった。

なんだかすごい打ち解けてしまって、あの喫煙所で一体何分話したろう。

そうなってくると、男としては「連絡先知りたい」

という欲望が出てきしまう。

20~30分話した時くらいだったか

趣味の話になってて俺が言ったんだよ。

「ちょっとね、イラストを描くのが好きで…」

ゲーセンにいた子だし、こういうことにもちょっとは興味を示してくれるんじゃないか

なんて淡い想いもあったわけだが…

「イラスト?」

笑顔いっぱいだった女の子が急に、すごく暗い顔になった。

「ま…その話はいいよ…」

「それじゃ、また…ゲーセンで会えたらいいね…

予想外だった。

連絡先どころか、ほぼ喧嘩別れクラスの雰囲気の悪さで別れてしまった。

イラスト、ちょっとくらいはテンション上って話が膨らむかなと思ったんだけど…

もしかしたら、そういうのが嫌いな人だったのかもしれない、

そう思って俺は落胆した。

「一体あの子は何だったんだろう…?」

キャスケット帽が似合ってたのは覚えてる。

でもそんな風貌でゲーセン来るなんて…

俺はすごい気になった。

いかんせん、俺が人間として少しでも甲斐性を見せるにはイラストしかなかった。

だって、それしかしてなかった…

それから数日経って、俺は再びゲーセンを訪れた。

彼女はまた居た。

その日はLOVをやっていた。その日はなぜかベレー帽。

でもそれも似合っていて、可愛かった。

相変わらず不思議な人だなあ…と思いつつ

俺もおもむろに近くでLOVをプレイし始めた。

この時、様々な疑問が浮かぶ。

今日は平日だぞ。

俺は講義半日だからいるが。

彼女はなんなんだ?

大学生?

フリーター?

同い年くらいに見えるけど…

というか名前も知らないし。

悶々として、ゲームに集中できない。

LOVの彼女の称号レベルをチラ見する。

やはり、俺よりやりこんでいる。

そして勝率も高い。

明らかに俺より上級プレーヤー。

そして勝つと、

「やったね~!」

と声を上げる。

相変わらずの奇人っぷりを発揮していらっしゃる。

ゲームが終わったところで、俺は肩を叩いて、ども、と会釈する。

「あ、来てたんだね~。ジュース買おうぜ~」

などと言い出す。

もはやキャラが分からない。

馴れ馴れしいし、

本当に素の時は変な人なんだ。なんなんだこの人。

ますます気になる。

自販機前で、

俺「あ…この前はなんか…すいませんでした」

すると彼女は何が?ときょとんとした顔になった。

俺「ほら…イラストとか言ったら…」

彼女「あ~、あのことはね、ちょっと…」

彼女「私もね~描いてたんだよ、ついこないだまでね!」

俺「絵を描くの好きなんですか?」

俺がテンション上げて言うと、

にっこり笑って、

「好きだったんだよ。今は描いてない。」

俺「どうして…ですか?ってかアナタって今日も平日ですけど…

大学生さんとか…ですか?」

彼女「ちょっと違うかな」

彼女「わたしは美大だよ、だから大学生だけど、今はなんというか…」

俺「ええ!美大って…すごいですね…雲の上の人だ…」

彼女「…今は思い出を見に来てるというか」

俺「はい?」

彼女「ここっていい所でしょ」

俺「ゲーセンに…ですか?思い出?;」

彼女は次第に俺が年下だと気付いて、口調は変わっていた。

俺「え、そりゃどういう…」

彼女「ま、さ!」

いきなり大声を出す。

彼女「一回で知りたいこと全部知れるほど、簡単じゃないよ~」

といってゲームにもどろうとする。

俺「え、そんな…また次もゲーセンに来てくれますよね!?」

彼女「くるくる~まだ浸りたいから」

彼女の言葉はひっかかることだらけだった。

思い出?

その時の俺にはまったく理解ができなかった。

そして美大生。ますます俺は彼女の虜になてしまった。

自分にない何かを持ってる人。

よく分からなくて、自分を振り回す人。

きっと俺はそういう人に弱かったんだ。

もともと大好きで通っていたゲーセン、それからは毎日違うときめきと

一緒に通うことになる。

今日はいるか?

明日はいるか?

もちろんいつも会えることはなく、会えない日のほうが多かった。

もしかしたらもう2度と会えないんじゃないか…

そんな風に思うこともあった。

何日か通っていると、彼女は再びゲーセンに現れた。

またベレー帽を被ってたんだけど、いつもと様子が違った。

服が作業着っぽいのか、インクやアクリルがついてて、

靴にいたっては絵の具だらけに汚れていた。

LOVをする手も、絵の具で汚れているようだった。

俺はもうときめいちゃって、ワクワクして話しかけた。

「こんにちは~」

彼女「うん…」

いやにテンションが低かった。

明らかに何かあったかんじではあった。

でもまあいつも変な感じではあるんだけど、その日はなんか、落ち込んでいた。

ゲームに負けても独り言言わない。

ただ黙ってひたすら…

その横顔が自分とは違うちょっと大人に見えた。

俺「一戦終わったら、休憩しませんか?ね。」

彼女「そ、そのとおりであるね~」

やはり変ではあるが。

俺「今日は大学で絵でも描いてきたんですか?」

彼女「いや…大学はもう卒業間近だし、関係ないね~」

俺「あ、そういえば美大って…!どこに就職するんですか?」

おれは無邪気な期待で聞いただけだった。

彼女「……。」

彼女「就職はね…ちっちゃいデザイン会社で…」

俺「うわ、デザイナーじゃないですか…!すごいですね!」

彼女は笑った。

彼女「ありがとう~そんな風に言ってくれるのは君だけだな。」

彼女「でもなぁ、もどりたいなあ。君くらいの時に」

俺「どうしたんですか?何か夢があったんですか…?」

今思えば、ずけずけと聞きすぎだった。

彼女は泣いてしまっていた。

彼女「辛いなあ…君といると。名前なんてんだっけ?」

俺「富澤です…。」(仮名、サンドウィッチマンに似てるので)

彼女「そっか、わたしは吹石っていうんだ…」(吹石一恵に似てるので)

彼女「君は絵が好きなの?」

俺「好きです…下手ですがそればっかやってます…」

彼女「あははは、そうなんだ。」

そうするとまた泣いてしまって、

彼女「ごめんね…もうゲーセンにも来れないかも。」

そう言って夜の街に飛び出していった。

彼女はゲーセンを出ていった。

俺は混乱した。何か悪いこと言ったのか?

もう何がなんだか分からなくなってた。

無心で追いかけた。

「待ってください!どうしたんですか!?」

彼女は立ち止まって黙った。

俺はどうしようか困った。

なんて声をかけたらいいか分からなかった。

目の前で、ベレー帽を被って手や服を絵の具で汚した女の子が泣いている。

なんてヘンテコな状況なんだろう。

瞬間、俺はこんな事を口にした。

「そ、そうだ…これから画材屋さんにでも行きませんか?」

なんでこんなことを言ったのか分からないが、

何か状況を変えようと思ってとっさに出た一言だった。

彼女「え…?ほんとに?」

俺「はい、行きましょう、近場でどこか…」

彼女の反応は思ったよりよかった。

そして幾分ノリ気であった。

彼女「じゃあさ、近くにあるから行こう。ちょっと電車のるけど。」

駅に向かって、黙って切符を買う。

「JRって高いのかな?」

などと彼女は言っていた気がする。

ホームで電車を待ってた。

時間帯もあって、駅はなかなかの雑踏だった。

無言で過ごす。

さっきまで泣いていたのに、彼女は思ったよりケロッとしていた。

俺はよく分からない展開に動揺して、緊張して、足が震えてたかもしれない。

彼女の方を見ると、笑ってVサインをしたりしておどける。

俺「なんなんですかソレ」

彼女「わからんなw」

この道中も、彼女は決して自分のことを語ろうとはしなかった。

俺がひたすら話していた気がする。

「美大生なんて本当に憧れる」とか「絵が好きで上手くなりたい」とか

俺が終始しゃべっていた。

そのたびにニコニコするだけで、それがなんだか可愛く見えた。

でもなぜ泣いてしまったのか、そのことには触れられなかった。

画材屋に着く。

すると彼女は途端にテンションが上がって、

あ~どうしよう張りキャン買ってこうかな~あでも筆も…

などと顔をキラキラさせて俺を連れ回して買い物を始めた。

俺はリラックスしている彼女になら何か聞いても大丈夫だと踏んだ。

俺「楽しそうですね。」

彼女「ここ来るとやっぱね~テンション上がるよ。」

俺「でもこの前、もう絵描いてないって言ってませんでしたっけ…?」

彼女「いや、それはね…」

俺「気を悪くしたらごめんなさい…でもなにか知りたくて。

  今日もいきなり泣かれてしまって…」

俺はもう彼女のことで頭が一杯だったから、知りたかった。

そして少しでも彼女の力になりたいと思っていた。

俺「なんで、いつもゲーセンに来てるんですか?なにか思い入れが?」

彼女「思い出があるんだよ、だから」

分からない。

もう分からないことだらけだった。

一体なんなんだろうこの人は。

そもそもただでさえこんな女の子がいつも一人でゲーセンに

来ていること自体不思議で仕方なかった。

俺「思い出って…なんなんですか?」

彼女「わたしの絵、見る?」

そういえば見たことなかった。

俺はそこで彼女のケータイから彼女の絵を見せてもらった。

そこにはポップンやら音ゲのキャラクタ、あるいは格ゲーキャラクタの絵があった。

とても可愛らしい絵柄で、おれは素直にいいなあ、と思った。

絵柄的には誰だろう…chancoさん辺りに近かったと思う。

俺「わああ!すごい上手いですね!」

彼女は満面の笑みになった。

彼女「ありがとう。」

彼女「私はただ本当にアーケードのゲームが大好きなだけ。」

しかしそれでもまだ合点がいかないことだらけだった。

なんで泣いていたのかがどうしても気になった。

俺「でも、本当に上手いですね。大好きな絵柄です!」

俺「やっぱりそっち関係を本当は目指していたんですか?」

彼女「ま…ね」

俺「そうなんですか…でもこれだけ上手かったらきっとまたチャンスありますよ!

俺は絶対応援しますよ!」

彼女「いや、もうそういうのは描かないって決めたことだから」

俺「? どうしてですか?」

彼女「君は若くて、絵が大好きで、きっといい子なんだろうね。」

俺「え、はい、あの…」

彼女「ダメなんだよ、気安くそう優しい事言っちゃ。」

いつになく真剣な顔になったので、怖かった。

目が真っ赤になっていた。

彼女「君はダメだ…。ダメダメだ。」

ダメダメって言われたのが妙に覚えている。

彼女「じゃあね、今日はここまでで。付き合ってくれてありがとう。」

帰り際にコピックマルチライナーを俺に手渡して、そそくさと去っていった。

俺は呆然として、追いかけることもできなかった。

何も分からなかった。

俺は完全に彼女にすべてを持っていかれてしまった。

しばらくメシもろくに食えなくなって、もらったマルチライナーで

落書きとかしてた。

寝ても覚めても完全に彼女のことしか思い浮かばなくなっていた。

でも連絡先すら知らなかった。

もはやゲーセンに行くということだけが、

彼女と俺を繋ぎとめる唯一の方法だった。

俺は悶々としながらゲーセンに通い続けた。

あの調子じゃ、次会っても何を話したらいいか分からない。

ーーーーーーーーーーーーーーー

俺がいつものように学校帰りにゲーセンに行くと、彼女はいた。

LOVの筐体に座っている。

肩を叩いて、会釈する。

彼女「あ、きた~!ねえねえローカル対戦しよーよ!」

彼女は会うなりゲームに誘ってきた。

ゲーセンありがたい。

ゲームを介せば彼女の機嫌も良いみたいだった。

ゲーセンというものが、俺らの仲をつなぎ止めてくれている。

そんな風に感じた。

ひと通りゲームをして、

喫煙所OR自販機に行って格ゲー談義して、楽しかった。

楽しくて気が合うからこそ、俺は彼女のことを知りたかった。

ゲーセンにいるうちなら、何か話してくれるかもしれない。

俺はそう思っていた。

初対面に会った時も、ゲーセンだからあれだけ意気投合できた。

ひととおりゲームをして、また自販前に来た。

ゲームが心地よく鳴り響いている。

俺「あの…吹石さんはどうして絵を描き始めたんですか?」

彼女「わたし?んー…お兄の影響かなぁ」

彼女はポロッとこぼした。

ここで俺は初めて彼女にとってのお兄さんの存在を知った。

ゲーセンという、お互いに好きな場所だから、

ついつい気を許して口をついて出たんだろう。

彼女はハッとした顔だった。

俺「お兄さん…ですか?」

彼女はかぶっていたキャスケット帽を深々とかぶり直した。

俺「なんですかソレ…」

彼女は苦笑う。

彼女「わたしには兄がいるんだよ…。小中学生の時はよく一緒にゲーセンに来たよ。」

彼女「だからわたしはゲーセンが好きになったんだけどね。」

俺「お兄さんもゲーセン好きだったんですね?」

彼女「うんw好きなんてもんじゃなかったよ。」

彼女「お兄は絵が大好きだったから、

  みんなにやってもらえるアーケードゲームを作りたいって、いつも言ってた。」

俺「それはすごいですね…」

彼女「でもね。」

彼女「ウチは厳しいから…お兄は美大に行きたかったんだけど、親に

   旧帝大以上の大学じゃないとダメだ、って言われて…

   東大に行ったの」

俺「え、すごいじゃないですか!」

彼女「お兄は長男だったから…父さんたちも必死だったんだろうな…」

俺はなんだかこの話をこのまま聞いていていいのか、いたたまれなくなった。

彼女「お兄は大学に行ったら好きなように創作活動できると思ってたんだろうね…」

彼女「大学に入ったら、今度は親に官僚か弁護士に

   なるように勉強しろとこっぴどく言われて…」

俺「弁護士…司法試験ですか…」

奇しくも俺も法学部だったので反応した。

彼女「お兄ね…司法試験全然ダメだった。」

彼女「時々、絵が描きたいって本音を漏らすこともあった。

   私だけが女で下の子だから、好きなように美大に行かせてもらえたんだよ。」

俺は何も言えずにいた。

というか、普段まったく自分のことを話さない彼女が、

こんなに話してくれているのに、半ば驚いた。

彼女「司法試験に落ち続けるうちに…お兄はまいっちゃったんだよね。

   心を病んじゃって、今入院してるんだ…もう絵を描くどころじゃない。」

なんて言ったらいいか分からなかった。いや、なんて言えば良かったの?w

彼女はそんな重大なことをあっさり笑って言うもんだから、俺は動揺した。

彼女「だから、わたしは…ゲーム会社に入ってゲームを作りたかったんだ。

  私は好きなことをやって、自由にさせてもらった。だから絶対、夢を叶えようって…

  でも、ダメだったよ。思い出にすがってるようじゃ、ダメなんだね。」

俺「ダメだったんですか…」

俺「でも、まだまだチャンスはありますよ…!」

彼女は、そうだねとは言わなかった。

だた、笑うだけだった。

その笑いが、何を意味するのか、まだ俺には分からなかった。

その日、会うのは何回目か分からなかったけど、初めて連絡先を交換した。

色々合点がいった。

なんでゲーセンにいたかも。

最初の印象より、ずっとしっかりした子だった。

もちろん意味不明なところもたくさんあったけど、それが可愛かった。

美大浪人したらしく、俺より2つ3つ上だったんだけど、背は小さかった。

でもその背中がすごく大きく感じた。

俺は嬉しくなった。彼女が話してくれた。

これからはもっと彼女の力になれるかもしれない。

彼女のために、なんでもするくらいの心持ちだった。

彼女の抱えてたものは大きくてビックリしたけど、

何より話してくれたことが嬉しかった。

すっかり浮かれていた。

次はいつ会えるだろう?

それから俺はまたしばらくゲーセンに通い続けた。

ひたすら。

でもしばらく通っても、彼女はまったくゲーセンに現れなくなった。

メールは割と返ってきていた。

なんだろう?

気になった。

土日も来ない。

まだ仕事も始まっていないはずだった。

どうしてゲーセン来ないの?

とメールで聞いても

「近いうちに行こうかな~」

という趣旨のメールが返ってくるだけだった。

それからまたしばらく経って、俺は若干凹んでいた。

勝手に。

彼女はもしかしたら彼氏もいたかもしれないし、俺は多分忘れられた…と。

ゲーセンではいつも楽しくて、メシを食べることも多かったから、

向こうも俺のことを必要としていると思っていた。

突然、不思議なメールが来た。

「そろそろ、大きな勝負が待っています。勝ってみせるよ。」

勝負?

なんのことだろう?

就職試験?

それともイラストレーターデビュー?

俺は楽観的に考えていた。

「勝負?なにそれ?気になる」的なメールを返した。

するととんでもない内容のメールが返ってきた。

「今、入院しています。○○病院のどこどこ。良かったら会いにきてね、わたしのファンさん」

みたいなメールが来ていた。

卒倒しそうになった。

驚きと同時に怒りも湧いた。

すべてを話してくれたと思ったのに…どうして黙っていたんだろう。

俺は大学をさぼってすぐに会いに行った。

必死だった。

俺「どうしたの?すごく心配してたんですよ!!」

「若年性の卵巣がん。」

彼女はニコッと笑って俺が着くやいなやそう言い放った。

俺はことの重大さにすぐ気付いた。

俺はばあちゃんを卵巣がんで亡くしてる。

進行性のとても早い癌として知られていて、ばあちゃんもものの半年で…

だったのを思い出した。

彼女は変わり果てた姿でそこにいた。

ニット帽をかぶって、やせ細っていて…

彼女「本当はねえ。手術終わるまでは黙ってようって思ってたんだ」

彼女「でもやっぱり直前になって怖くなっちゃった。」

彼女は笑った。

笑顔だけは変わらずそこにあったので、なんだか俺のほうが安心して、悲しくなって、

涙目になってしまった。

しっかりしなくてはいけない。

強く、一人で頑張っていたんだろうな…

きっと俺と初めて会った時から、このことで悩んでいた…

そう思うと本当に泣きそうになった。

俺「大丈夫です。教えくれてありがとう。

  これからは、俺も一緒にいますから。」

これが俺の精一杯だった。

そうすると彼女は安心したのか、途端に涙目になった。

彼女「こわいんだよ…手術…絵を描けなくなるのも…

   ゲーセンに行けなくなるのも…何もかも怖いんだよ…」

彼女は何かがぷつんと切れたかのように、大泣きしだした。

俺も涙をこらえて、ひたすら

「大丈夫、大丈夫…」

としか言えなかった。

正直この時俺もダメだと思った。

絶望してた。

でも俺が 弱音吐いちゃ絶対だめなんだと思って、ふんばったよ。

ひととおり励まして、なんとか良い空気に戻った。

彼女が、ブリジット描いてー!(ギルティギアという格ゲーのキャラ)

などと言ってくるので、俺が描いたりして遊んでいた。

すると、不思議と和やかになっていった。

そのうち、彼女のお母さんが機を見て病室に入ってきた。

俺「こんにちは」

母「あ、これはこれは…」

おふくろさんは人当たりの良い方だった。

俺は昔から大人(特におばちゃん)とは何故か打ち解けるのが得意だったので、

すぐにお母さんとも懇意になれた。

しかし俺と彼女の関係性があまりに曖昧だったので、そこはなんとも言及しづらかった。

母さんは勝手に彼氏だと思っていたようだが。

そして俺は手術までの間通い続けた。

すべてを捨てる覚悟だった。

大学も全部サボった。

手術前日。

行っていいのか迷ったが俺は行こうと決めた。

父親も、母親もいた。

お父さんは、話に聞いていたよりは温和そうな人だった。

「こんにちは…」

すると、母さんに手招きされて、待合に呼ばれた。

俺は母さんとは電話交換もして、買い出しにも行くくらい、実は懇意になっていた。

母「富澤くんには聞いておいて欲しいの。」

俺「はい…」

正直俺は手術の趣旨も、彼女の癌の状態もほぼほぼ知らなかったから、

何か聞きたいとは思っていた。

お母さんは俺に言った。

母「手術しても…余命は1年くらいだろうって、言われてるの…」

動揺した。

思っていたよりも、ずっとずっと、残っていた時間はなかった。

母「君は…それを覚悟しておいてね。

  それで、このことをあの子に伝えるか

  わたしたちは悩んでるの…」

人生20年そこらしか生きて来なかった俺には、もうどうしたらいいのか分からなかった。

母「君は、最後まできっとあの子のそばにいてあげてね。

  あの子、あなたがいない時も、あなたのことばかり話すのよ」

みたいなことを言っていたと思う。

最後までってなんだ?

もういなくなること確定なのか?

混乱した。

大学生の小僧には、あまりに色々重すぎて、どうしたらいいか分からなかった。

手術は滞り無く無事終わった。

しばらくは麻酔やらなんやらのせいで、熱も続き、

彼女も起き上がるのは難しいということで俺は病院に行くことを控えた。

俺はしばらくフワフワした気持ちになっていた。

全部夢なんじゃないかとも思っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

手術が終わって数日して、俺は彼女に会いに行った。

彼女は寝ていた。

目覚めると俺を見て、フラフラと体を起こす。

俺「あ、起きないほうが…」

彼女「いいの、今日は調子いいんだ…」

笑みにも力がない。

俺「手術、頑張ったね。」

彼女「ありがとう。」

彼女の笑顔には本当に力がなくなっていた。

俺「何か、欲しいものは…?」

彼女「一緒にゲーセン行きたい」

俺「それは…もうちょっとしたらにしようか。」

彼女「ゲームしたいね。」

そんなこと言われたら、悲しくなるだけだった。

彼女「病院の中散歩したいなあ。」

俺「それなら」

俺は看護婦さんとお母さんに聞いて了承を得て、

車椅子をひいてちょっと外まで行くことにした。

俺「喉かわかない?辛くない?」

彼女「そんな大丈夫だよwよそよそしいのやめてw」

彼女「あ、でも欲しいもんあるぜ~」

俺「え、なになに?」

彼女「スケッチブックが欲しいな」

俺「あ、なるほど。それならクロッキー帳なら俺今持ってる。」

彼女「ほんと?やった、それなら絵描きたいな。」

ラウンジみたいなところで、おれは彼女にクロッキー帳を差し出した。

車椅子に座る彼女の体を支えつつ、ペンとクロッキー帳を渡した。

彼女はゆっくりと絵を描き始めた。

そこには、彼女が好きなアーケードゲームのキャラクタたちと、なにやら

メッセージ描かれていた。

そっとそれを恥ずかしそうに俺に渡す。

「迷惑かけてごめんなさい。こんな病人と一緒にいて楽しい?」

それは多分彼女の大きな不安だったんだろう。

これを、口に出して聞くことが出来なかったんだろう。

俺は泣きそうになった。

俺「何いってんの?」

俺「俺は吹石さんといる時が、一番楽しいよ」

俺はハッキリ伝えた。

絶対に変な不安を持ってほしくなかった。

彼女「よかった。ありがとう。」

彼女は小さく笑った。

俺は彼女の頭を撫でたけど、ヘタレだからそれしかできなかった。

頭を撫でると彼女は笑って「わんわん!」と言った。

本当に、こういうとこがあるから俺は惹かれてしまったんだろう。

散歩から帰ると、病室に一人の女の子の姿があった。

どうやら、彼女の高校時代の友人らしかった。

彼女「てて子…」(名前は仮名です。LOVの彼女のお気入りの使い魔から)

友人「心配してたよ…」

俺「こんにちは」

俺は空気を読んで席を外そうとした。

すると、

彼女「いていいよ…」

彼女がそういうので病室に残ることにした。

彼女たちは懐かしい話に話を咲かせていた。

でも終始、彼女が病気の話に触れることはなかった。

そして30分くらいしたらだろうか、友人さんはお見舞いをおいて去っていった。

見たところ、癌のことすら知らななそうだし、彼女の病気について知らなそうだった。

俺「友達には、病気のこと話してないの?」

彼女「うん、てて子だけだよ。それに癌とか知らない。すぐ治ると思ってる。」

俺「誰にも言わなくていいの?」

きっと俺が同じ状況になったら多くの友人に言ってしまう。

彼女「心配かけたくないじゃん。普通、みんなビックリしちゃうよ。

本当に少しの人が分かってくれてれば、それいいんだから」

彼女はとても優しい口調で言った。

その少しの人に、俺が入っていたのは、嬉しくもあり、

なんとも言えない気持ちだった。

この子はもし俺がいなかったら、誰にも言わず、家族だけに頼って、

そう思うとなんだか辛くなった。

それからの日々は割と穏やかだった。

彼女は病院から離れられなかったが、俺は大学をできるだけ抜け出し

なんとか毎日でも彼女に会いに行った。

花が好きだったから、けっこうな頻度で花を買っていった。

彼女のお気に入りの花はトルコギキョウという花だった。

俺が偶然花屋さんで見つけて買っていった花を、彼女はとても気に入ってくれた。

青と白の色合いが綺麗な花だった。

でも毎回なるべく違う花を買っていった。

そして病室で二人で「花擬人化ごっこ」

をして持っていった花を女の子の絵にして遊んでいた。

よく笑った。花を持って行くと彼女は決まって

満面の笑みになって喜んでくれた。

彼女「今日はどうしよっかなー」

なんて言ってふたりで花を見て絵で遊んで、

本当に彼女が病気だってこと忘れるくらいに楽しかった。

でもいつもいつも調子がいいわけじゃなく、

日によっては行っても起き上がることすら辛い日もあって、

そうすると俺はふっと病気のことを思い出して途端に辛くなった。

そんな日も俺はお母さんに言って、持っていった花だけは

花瓶に入れるようにしていた。

ある日、いつものように病室に向かうと、

やたらテンションの高い彼女がいた。

彼女「ねえねえ、聞いてよ聞いてよ!」

俺「あらら、元気だね。どうしたの?」

彼女「外泊許可がもらえたよ!五日間!」

俺「本当に!?」

彼女「嬉しいなあ。2日間はおうちに帰るけど、わたし三日間は富澤といるよ!」

俺「本当に!」

彼女「デート行きたい!デート!」

俺「いいね、いこういこう。」

彼女「ゲーセン行こうよ、ゲーセン!」

こんなに元気で明るい彼女を見るのは久しぶりだったので、

俺はすごく嬉しかった。

どうにか彼女をたくさん楽しませてあげたい、そういう風に思った。

二人で、三日間何をするか考えふけった。

彼女はゲーセンに行きたくて、俺と普通のデートが一度してみたかったのだという。

そして、俺の生まれ育った街が見たいということで、俺の実家に来たいということ。

この二つだった。

彼女は多くを望まなかったし、贅沢も言わなかった。

何か欲しいものとかないの?

と聞いても、

「ただ一緒にいたい」

と言うだけだった。

もしかしたら、最初で最後のデートになるかもしれない。

俺は覚悟していた。

この、外に出られる、普通に過ごせる三日間で彼女を最高に笑わせたいと思った。

俺は色々考えた。プレゼントを買うために、貯金を下ろした。

何を買うか、迷ったが、COACHの帽子をあげることにした。

彼女はCOACHが好きで(と言っても財布しか使っていなかった)、

きっと帽子なら喜んでくれると踏んだ。

当日まで、ドキドキとした。何をどうすりゃいいのか。

彼女にデート初日でやりたいことを聞いた。

彼女「ゲーセンに行って、そのへんフラフラするー」

俺「え、そんなんでいいん?」

彼女「特別にどっか行くより、そっちの方が普通のデートっぽくていいじゃん」

彼女「学校帰りに一緒に帰るくらいの日常さで、いいんだよ」

彼女はにこにこしてそう言う。

彼女が望むのなら、俺もあまり気張りすぎないようにしようと思った。

その日が迫るごとにあたふたした。

実家に、女の子連れてくよって電話した。病気のことは伏せた。

前日に、意気揚々とCOACHに帽子を買いにいったが、あいにく売っていなかった。

彼女が一番好きなブランドはCOACHだった。COACHで帽子が欲しかったのに…

俺「あの…帽子が欲しいんですが…COACHのニット帽、被ってる人見たことあるんです」

店員「もうしわけございません…それはこちらの店頭では…」

あきらめられなかった。

俺は店内を見ていると、ハートの可愛いネックレスを見つけた。

3万くらいした。

帽子を買うつもりでそんなに金は使うつもりではなかった。

でも俺はそのネックレスを買った。

しかし、この選択は正解だった。

いよいよその日になる。

俺はリュックにプレゼントを忍ばせて、いつ渡すか決めかねていた。

お父さんとお母さんに挨拶した。

お父さんは優しそうに笑っていた。

「よろしく、頼むね。」

俺「はい、彼女のことは、任せてください。」

彼女「じゃーね、いってくる!」

俺もニヤニヤしていたけど、彼女も始終にこにこしていた。

楽しい、忘れられない三日間が始まる。

正直不安もいっぱいだった。

突然体調が変わったら?彼女に何かあったら?

でも彼女は俺のこと信頼して、全てを俺に預けてくれたんだろう。

もしもの時のために病院の番号もメモったし、お父さんとお母さんの番号も分かってる。

きっと、どうにかなる。とにかく彼女といられる時間を大事にしようと思った。

彼女「電車のろ!電車電車!」

俺「え、タクシーとかでもいいんだよ?」

彼女「そんなんセレブなデートないよw」

俺「まあこの時間なら人も少ないしね。電車に乗ろうか。」

駅に着く。

彼女は大声を出す。

彼女「わわ、電車だよ電車!いいなあ懐かしいなあ!」

俺「なんだかいいね、こういうの。すごい不思議な感じ、至って普通なのにw」

ずっと、病室でしか会えなかったものだから、色々と新鮮に映った。

電車に乗っただけで、なんだかとても嬉しかった。

電車ではしゃぐ彼女はどこかヘンテコだったけど、

どう見ても普通の女の子にしか見えなかった。

この小さい体に、色んなものを抱えてると思うと、悔しかった。

電車内には同じような年齢の女性もたくさんいて、それを見てると複雑な気持ちになった。

俺「どこいこっか?」

彼女「あ、決めてないのー?もうしっかりしてよー」

俺「ええ、ノープランでいいって言ってなかった?」

彼女「嘘でしたー!言ってみたかっただけこういう事w」

彼女は笑いながら言った。

彼女は電車の中でも突拍子もないことを言い出す。

彼女「ねえねえ、ケンカしよ!」

俺「え、は?」

彼女「もう、ふざけないでよ!」

俺「どゆことwww」

彼女「失礼しましたw」

ケンカをするはずがすぐ漫才みたいになってしまって、二人で笑い転げた。

俺は彼女が何を求めているのか、なんとなく分かっていた。

彼女は自由だった。そう、彼女はこういう人だったんだよ。

俺は凄く安心していた。

けっこう電車に乗って、とりあえず新宿で降りた。

彼女「あ、そだ。ゲーセンでも行かない?」

俺「それ最初から決めてたんじゃんww」

彼女「ま、そうなんだけどww」

彼女のワールドになりつつあった。

俺はすごく懐かしい気持ちになった。

会ったばかりの頃を、思い出すようだった。

ゲーセンに着くやいなや、彼女はテンションだだ上がり。

彼女「大きい!すごい!この雰囲気懐かしい!」

俺「初めてだけど、すごいなー。格ゲーとかも猛者がいそうだ。」

彼女「デッキ組んだんだよデッキ!まずLOVね!」

もう大はしゃぎの彼女を見ていると、こっちも楽しくて仕方がなかった。

俺たちはまあ、アケゲーオタだから、

ここに会話の内容書いてもあれかもしれないけどw

彼女「わだリバデッキ作ったんだー!ゲート閉じちゃうよゲート!」

俺「いや、させない!俺のムーブでそんなものは…」

ま、分かる人だけ分かってくださいw

こんなこと言い合いながら、それは楽しくプレイしていたわけです。

そのあとはひと通り色々まわる。

彼女がポップンやりたいと言えばやり、太鼓叩きたいと言えば、叩き。

そのあと二人で格ゲー武者修業と名づけ、すいていたので

勝てない相手にコンビを組んで挑み続けたりw

友達とやったら盛り上がった試しのないQMAというゲームでも、

二人でハイタッチしながら嘘のように盛り上がったり。

とりあえず、俺達にとってゲーセンというのはこの上なく楽しいスポットだった。

言ってみたかった

やってみたかった

後悔しないようにわがままでも何でも出来る事はしておきたかったんだな

そんなことをしているうちにあっという間にお昼を回っていた。

俺「そろそろ引き上げようかー」

彼女「すごい楽しかったー!」

彼女は本当に満足しているようだったので、俺は安心した。

かくいう俺も本当に楽しかった。

俺「お昼どうしたい?」

彼女「マックがいいなぁー」

俺「え、そんなもんでいいの?」

彼女「わたし携帯のクーポンあるからねー!」

彼女は本当になんてことない日常の時間を過ごしたいってのはもう分かっていた。

彼女「わたしはねー、てりやきかなw懐かしいな~」

カウンターで楽しそうに選ぶ。

俺「じゃあ俺はベーコンレタスでww」

彼女「シェイク飲もうよシェイク!」

はしゃいでる彼女を見るのは楽しかった。

何をしていても、本当に楽しそうにしていた。

席に着く。一息つく。

彼女「マックこんなに美味しかったかなあw」

俺「久々に食うと美味いんだよねえ」

彼女「わたしはポテトを欲しているよ」

俺「あるよ?」

彼女「ちがうよ、ほら」

彼女は口を開けて促す。正直、アホである。

そして、俺が口にポテトを入れてあげると、食べながら

「10点~!」

などと意味の分からない事を言い出す。

俺もこれをやらされるハメになって、二人してマックでアホなことをしていたw

でも、楽しかった。

今思えば、俺は彼女のこういうところに惹かれていた。

一緒にいると、なんでも面白く思えて、笑いが絶えない。

時々本当にあほらしいことを言っては、笑顔になる。

それがすごく心地良かった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

マックでの俺達は年甲斐もなくはしゃいでいた。

まわりに高校生やら大学生も多くいたと思うけど

その子ら以上に大笑いしていた。

彼女「ねえ、煙草吸ってイイよ」

俺「え、どうして?」

普段、彼女の前では絶対煙草を吸うことはなかった。というか不可能だった。

その時は喫煙席に座っていた。

俺「くさいよ?」

彼女「いいの」

言われるままに一服した。

彼女は黙って眺めていた。

案の定、

彼女「ごほっ、くっせーね。」

俺「だから言ったじゃーんw」

彼女はそう言ったものの、にこにこしているだけだった。

俺も、なんだか照れくさくなりながら、一服。

そうしていると、俺の携帯にメールが来た。

妹からだった。

俺には一つ年下の妹がいる。

内容の趣旨としては、

「兄貴今日女の子連れてくるんだって?期待しとるわw」

みたいな感じだった。

おちょくっていやがる。

基本仲悪くもなく、

実家に帰れば一緒にゲームしたりもするし、なにぶん

妹自体も少しオタクなので、気が合う兄妹ではある。

俺「午後からどうしよっか。電車の時間までは、けっこうあるんだよね。」

彼女「買い物行きたい!本屋さん行こ!」

俺「え?本屋さんでいいの?」

彼女「間違いない」(長井秀和のマネ)

俺「なっつwww」

彼女のこのあたりはもはや言うまでにもあらずだったけど、

彼女はよく芸人のマネをしては笑っていた。

まあ入院生活も長いわけだし、きっと欲しい本とかもいっぱいあるんだろう。

そして書店に赴く。

彼女「ひれーっ!」

俺「俺も初めて来たけど大きいね…」

彼女はコミックコーナーに駆け出す。

そしてずーっと俺の手を引っ張って、

「これ、〇〇さんの本、すごく好きなんだ~

あ、〇〇さんの漫画、これは作画綺麗で…」

という風に喋り疲れるんじゃないかって思うくらい話す。

俺「大抵本屋とか一人で来るけど、一緒に来ると

好きな本のこととか話せて楽しいね。」

俺自身、正直にそう思った。

俺も普段から本屋巡りとかが好きで、好きな絵柄の作家さんとか

見つけたりするのが好きだった。

でも一人だどこか寂しい部分もあった。

それを彼女と共有するのは楽しかった。

彼女「でしょーじつはこういうとこに二人で来てみたかったんだよね…」

彼女は照れくさそうに言った。

彼女がどうして普通のデートがよかったのか

なんとなく分かったような気がした。

俺たちは、笑うときもそうだけど、お互い語りだすと止まらない。

格ゲー談義をするときもそうなんだけど、どのプレイヤーが強いかとか、

そういうことを夢中になって語る。

彼女は、俺のオススメの本を教えて欲しいというので、俺も彼女に負けじと語った。

言っても言っても、「他は?」「全部知りたい」

と言ってきかないのでキリがなかった。

彼女「富澤オススメの本、全部読みたいな…」

俺「よし、今度持って行ってあげるね。」

彼女「そんなー悪いよー」

俺「ほんとは?」

彼女「待ってました…w」

彼女は苦笑いと共に本音を漏らした。

電車までひとしきり時間があったので俺はその後

プラネタリウム行く?

とかどっか美術館行く?

とか聞いた。

けど彼女の答えは違った。

彼女「1時間だけカラオケに行きたい」

俺「ああいいねーそれ。座ってると負担もすくないもんね。」

カラオケに行くと、どんな感じになるんだろうと思ったけど、

彼女のレパートリーは実に豊富だった。

お互い真剣に歌うというよりふざけてばかりだった。

二人してテニミュを空耳で歌ったり、盛り上がる曲で合いの手を

入れあったりして、はしゃぎ倒した。

彼女は疲れちゃうんじゃないかって、心配になるくらいだった。

楽しい時間なんてあっという間なもんで、電車の時間が迫った。

カラオケでクーポンみたいなものをもらった。

マックでもクーポンみたいのをもらった。

そういうものをもらう度、俺は

「次があるのかな…」

と一人で思った。

電車、特急列車。

俺の地元にむかう電車だった。

俺の地元までは特急で2時間くらいだった。

彼女「わーなんか旅って気がしてきました!」

俺「楽しいよねー」

彼女はそそくさと売店に向かった。

そしてじゃがりこを買ってきてドヤ顔で俺に見せつける。

彼女「旅っつったらこれでしょ!」

俺「車内販売もあるんだけどねぇ」

彼女「マジか!」

特急に乗る。

最初こそ彼女は特急ってすげえ駅すっとばすよね!

とか言って元気だったんだけど、そのうち疲れちゃったのか、

しばらくするとすっかり眠ってしまった。

俺は、しばらく静かな時間を過ごすことになる。

よこの彼女を見ると、色々と、思うものがあった。

少し油断すると、こんな日がずっと続くと錯覚してしまう。

この三日間が終わった先にはどんなことが待っているのか…

考えたくなくても、嫌でも脳裏をよぎった。

ここで、俺は本当に泣きそうになる。

そして彼女に分からないように泣いてしまった。

特急の指定席で、一人で号泣した。

どうしてだったか分からないけど、すごく悲しかった。

こんなんではいけない。俺は、思いついた。今だ、と。

寝ている彼女の首に、気付かれないように、プレゼントのネックレスを巻こうと思った。

窓によりかかっていたので、すきまがあってた。

起こしてしまうかハラハラしつつも、どうにかこうにか彼女にネックレスを

つけることができた。

ビックリするかな。

俺は不安と期待でドキドキした。

うわ、いいなー

微笑ましい

駅に着くまで彼女は熟睡していた。

ここまで上手くいくと思わなかったけど、しかしよく寝ていた。疲れたんだろう。

駅に着くアナウンスが流れる。

俺「さ、着いたよ。起きて起きて。」

彼女「え、あ…」

寝ぼけている彼女の手を引いて、俺は彼女を誘導した。

ホームに降りると辺りは暗くなり始めていて、宵の口と言ったところだった。

彼女は降りると、う~んと伸びをして「よく寝た」とつぶやいた。

俺はドキドキだった。

彼女「わ!なにこれ…ネックレス?富澤?」

俺は「魔法だよ、きっと」と言うつもりだった。

でも、

俺「誰かのいたずらか…?」

意味が分からないw

彼女「えーww富澤でしょーwこれ可愛いなー。」

俺「うん…プレゼントだよ。すっごい似合ってる。」

本当に似合ってた。

自分の選んだネックレスをつけている姿が、

とっても、微笑ましかった。

瞬間、彼女は俺に抱きついてきた。

俺はビックリして心臓飛び出るかと思った。

俺「ぅお…!」

ビックリして、変な言葉が出る。

彼女「ありがとう。絶対絶対、大事にするよ。」

勇気を絞って、俺も抱きしめた。

思えば、人生で始めて女の子を抱きしめた瞬間だったと思う。

とっても暖かくて、大事なものだって気がした。

高校時代毎日使っていた見慣れた駅のホームの真ん中で、

俺は確かに人の温かみを感じた。

人なんてほとんどいなくて、駅のホームには俺と彼女だけだった。

向いのホームに高校生がいたが。

しばらくその状態で、彼女がいきなり

「充電完了だー!」

と大声をあげるものだから、ぱっと手を離した。

改札をくぐる、なんだか照れくさくなっちゃって俺はぎこちない。

でも彼女はそんなのおかまいなしで、

「ほらら~らら~らら~♪」

(聖剣LOMのドミナの曲)などと鼻歌を歌う始末。

ご機嫌だったんだろう。

彼女は普段からよく歌う子だった。

それ、聖剣だね!なんていつものように俺もつっこめず、

駅を抜けるとそこには迎えが待っていた。

迎えに来ていたのは、妹だった。

※続き:ゲームセンターで出会ったのは、少し不思議な女の子でした(vol.2)

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