私の人生は、母親があってこそ成り立ってきた人生なのです

私の人生は、母親があってこそ成り立ってきた人生なのです

産まれつき生きていきやすい人間と生きていにくい人間がいると思います。

それは遺伝とか育て方とかではなく、たまたまそういう風に産まれただけの事なんだと思います。

私は、明らかに生きていきにくい人間の部類です。

なので、母親にとって育てにくい子供だったと思います。

物心付いた時なので、3歳ぐらいでしょうか。

その頃には、一日中泣いて困らせていたのを覚えています。

小学生になるとずっと泣く事は無くなりましたが、感情の起伏が激しいというか、テンションが高くてご機嫌な時と、テンションが低くて機嫌が悪かったり、攻撃的な時との落差が激しかったです。

それも、明らかな原因があってそうなっていた訳ではありません。

年齢が上がると共に、そのような激しい気性が勉強に注がれるようになったので、悪の道に走るとかはありませんでしたが、自分の思うような結果が出せないと、激しく荒れて困らせていました。

勉強はそこそこ出来たので、そこそこの大学に入る事も出来ましたが、大学中には拒食症になり、さんざん心配させました。

拒食症は食べられないという病だけでなく、精神も崩壊していきます。

異様に不安になったり、過剰に規則を重んじたりして、母親を過度に束縛しました。

そんな状態でも母親が必死に支えてくれたお蔭で無事に就職し、結婚もし、子供も授かり、一人前の人間へと近付いていけたのです。

でも、その過程にはずっと母親の助けがあったのです。

助けでは済まないでしょう。

私達親子の場合は、母親が自分と私の人生2人分を生きてきたようなものです。

私の人生は、母親があってこそ成り立ってきた人生なのです。

このように成長し、母親になった私は、自分の人生とは母親ありきの人生であって、これは生涯続く物だと信じていました。

ところが、私の娘が4歳になり、一段落した所で母親が鬱病になってしまったのです。

鬱病になって直ぐの頃、母親は

「もう許して。もう何もしてあげられない」

と、うずくまって泣きながら叫ばれました。

何度も何度も叫ばれました。

それ以来もう3年になりますが、一向に母親の体調は安定しません。

最初の頃はそれでも、今まで通り母親としての役割を果たそうと踏ん張っていましたが、最近ではもう以前の母親の面影を見つける事は出来ません。

この3年で母親の人格は崩壊されていったのだと思います。

私は、自分の娘が心の底から可愛いです。

自分の人生で一番の、何物にも換えられない宝物です。

でも、娘を可愛いなと思う時、自分は母親を踏み台にして、この宝物を手に入れたんだという事を思い知らされます。

私が産まれてから今までの長い年月、私と二人三脚で私の人生を歩んでくれた母親がいたからこそ、私は何とかまともな人生を歩む事ができ、こうして母親になれたのですから。

母親は私を恨んでいるのでいるのでしょうか?

心から慕われ頼られた娘の為に献身に尽くした結果、自分の人生、そして人格を崩壊させられた娘の事をどう思っているのでしょうか?

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