すごく甘めのカレーだけど、いまはそれが大好きなんだ

すごく甘めのカレーだけど、いまはそれが大好きなんだ

俺は父に育てられて大きくなった。

物心つくまえに母とは離婚していたから母の愛情は知らない。

寂しいと思うこともあったが、父の精一杯の努力もあり不満はなかった。

頑固な父で、鉄拳制裁が当たり前だった。

だけど俺を正しい方向に導いてくれたことは感謝している。

父子家庭であることの影響などは全くないまま、高校を卒業して地元の会社に就職した。

社会は自分が想像したいたよりもずっと厳しく、右往左往する毎日だった。

あっという間に日々は過ぎて俺は20歳の誕生日を迎えた。

そのころには仕事にも慣れはじめ、なんとか余裕を持てるようになっていた。

誕生日の夜は父とはじめて酒を酌み交わした。

口では「ようやく半人前だな」などと言うものの、いつもより少しだけ口元の緩んでいた父を覚えている。

それから1年後、父は会社で倒れてあっけなく死んだ。

父は3人兄弟の長男だった。

葬儀後しばらくしてから叔父2人が訪ねてきた。

「いや○○ちゃんも辛かったろう。

あんな頑固な兄貴と2人で暮らしてきて」

叔父は寂しそうに笑っていた。

明るく努めようとしているようだった。

父の死は大きなショックだったが、人の心とは強いもので、いつしか俺も日常に戻っていった。

父の死から2年が過ぎた。

仕事にも慣れた。

そのころから結婚を意識するようになった。

いま考えると淋しかったのかも知れない。

そんなある日、彼女に出会った。

その出会いは偶然だった。

たまたま立ち寄ったスーパーのレジ打ちをしていたのが彼女だ。

決して誰もが羨む美人というわけではなかったが、なにか惹かれるものがあった。

それから意識してそのスーパーへと買い物に行った。

完全に惚れていた。

彼女も俺の顔を覚えてくれたようで「今日は肉じゃがですか?」などと話しかけてくれた。

それだけで心が舞い上がった。

すごく嬉しかった。

そして俺は勇気を出して携帯のアドレスを渡してみた。

彼女は驚いていたが「ありがとうございます」と言って受け取ってくれた。

その晩、彼女からメールがあった。

俺は興奮のあまり震える手で返信をした。

彼女は俺より2つ年下だった。

大学を中退してスーパーで働いているということだった。

何度かメールをやり取りしてから、彼女をデートに誘ってみた。

しかしやんわりと断られた。

それからもスーパーで会話をして、メールを交換した。

しかしデートの誘いは何度も断られた。

俺には脈がないのか、と諦めようと思った。

そんなとき彼女からメールがきた。

「○○さんの気持ちは嬉しいです。

でも私には1歳の娘がいます。

黙っててごめんなさい」

彼女の告白にショックを受けなかったと言ったら嘘になる。

でもそれが大きな障害になるとは考えなかった。

「一度で良いので会ってくれませんか」

彼女の気持ちを無視した強引な誘いだったかもしれない。

だが彼女は「わかりました」と言ってくれた。

女性と出かけるなんて高校以来だった俺は緊張していた。

オシャレなデートスポットなんて知らなかった。

私服姿の彼女はすごく愛しく感じた。

やはり子供がいることなんて問題じゃないと思えた。

車の中で彼女は娘のことを話して聞かせてくれた。

娘は前の彼氏との間に出来たのだが、それを知った彼氏はすぐに彼女を捨てたようだ。

堕胎しようか悩んだが、1人でも育ててみせると決心し大学を辞めた。

働いている間は彼女の母親が面倒を見てくれていた。

デートを断っていたのも娘の面倒を見るためだったみたいだ。

話しているうちに彼女は泣き出した。

それを見て俺は彼女と娘を守りたいと思った。

まだ付き合ってもいないのに、すっかり結婚について考えていた。

その日の帰り際に彼女に告白した。

ここで言わなければ本当に二度と会ってくれないかもしれないと思った。

彼女は考えさせてくださいと頭を下げた。

それからしばらくしてメールが届いた「よろしくお願いします」。

俺と彼女は付き合いはじめた。

順調な交際だったと思う。

彼女の家に行って娘にも会った。

彼女の面影を感じるかわいい赤ん坊だった。

彼女の両親も良い人たちで、俺に好意を持ってくれているように感じた。

交際から1年ほどが経過した。

俺はいよいよ彼女にプロポーズをした。

緊張した。

ドラマで見るような洒落たものではない。

必死に思いを伝えた。

彼女の瞳には涙の予感があった。

プロポーズを終えるころには、ボロボロと泣き崩れていた。

彼女は必死に呼吸を整えながら、絞り出すようにして返事をしてくれた。

「ありがとう。でもその気持ちには応えられません」

彼女は目尻を指先で拭いながら言葉を続ける。

「実はまだ隠していることがあるの。ごめんなさい」

ドキリとした。

あれ以上のことがあるとは思っていなかった。

当然それは良い話ではないだろう。

息を止めて彼女の言葉を待った。

「前の彼と別れた理由を話してなかったね。実は彼と付き合ってるときに知らない男にレイプされたの」

再び彼女は泣き出した。

慰めるべきだったのだろうが、何を言っていいかわからなかった。

「それからしばらくして妊娠したことが分かってね、彼に伝えたらレイプされたときの子供なんじゃないかって言われた」

何度も嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ彼女を見ているうちに俺も泣き出していた。

「たしかに時期は合ってたけど、私には彼の子だと思ってた。だけど彼は信じてくれなくて、それからすぐにフラれた」

彼女は大きく深呼吸をした。

ずっと抱えてた悩みを吐きだしているようにも思えた。

「だいたいバカだよね。

事件のことを彼に伝えてからずっと冷たくされてたのに、何とかなると思ってたんだ」

悲しい笑顔を無理やりに貼りつけて彼女は言った。

「あの子が誰の子かはわからない。だけど私の子供ってことだけは確かだから。私はあの子を育てていきたい。でもあなたに迷惑はかけられないから」

俺は黙って彼女を抱きしめた。

話を聞き終えるころには心は決まっていた。

彼女の全てを受け入れようと思った。

「今までに何があろうと関係ない。君を愛してる。結婚してください」

そして俺たちは婚約した。

号泣している彼女の父に頭を下げられた「娘をよろしくお願いします。

幸せにしてやってください」

結婚式には2人の叔父も参加してくれた。

「良かったなあ。○○ちゃん」

と酔っ払った叔父は顔を真っ赤にしながら何度も繰り返していた。

妻と娘は俺の家に住むことになった。

妻の両親は孫との別れを寂しがっていたが、車で30分の距離ですから、となんとか説得した。

結婚してからは毎日が幸せだった。

仕事が終わると飛ぶように家に帰った。

ただ俺と妻が揉めたこともある。

それはカレーについてだった。

俺は辛いカレーが好きだったので自分で作るときは鍋に粉末の唐辛子をたたき込んでいた。

しかし妻は普通に甘口をつくるので、皿に盛られたカレーに唐辛子をかけていたら妻に怒られた。

それから大喧嘩に発展して、しばらく口を聞かなかった。

それが記憶にある唯一と言っていい妻との喧嘩だ。

そして次にカレーが出てきたときには、しっかりとした辛口になっていた。

妻が辛い辛いと文句を言いながらも食べているのを見て、やっぱり結婚して良かったと思った。

ちなみに俺たちの間には性交渉がなかった。

それはもちろん妻が過去に受けた被害に起因するものだ。

でも俺は別に不満を感じなかった。

キスはできるし、身体を抱きしめることもできる。

「ゆっくり頑張っていこうね」と妻に言った。

いつだったか布団に入っているとき、妻が言ったことがある。

「あなたと結婚して本当に良かった。もう幸せにはなれないと思っていた。ありがとう」

俺は恥ずかしかったので、曖昧に返事をしたがとても嬉しかった。

「いつか反動で不幸が起こりそうで怖いよ。浮気とかしないでよね」

そう言って妻は笑った。

俺も笑った

だってまさか本当に、そんな不幸が起こるとは思っていなかったから。

異変が起こったのは娘が保育園の年中にあがったころだった。

夕食を食べ終えて娘と風呂に入っていると、脱衣所から妻の声がした。

「もうすぐでご飯できるから早くあがってね」

俺は戸惑った。

妻にからかわれているのかと思った。

だが返事をする前に妻は台所へと戻っていった。

そして風呂からあがると本当に机に料理が並んでいた。

驚いて俺は妻に何をしてるんだと聞いた。

妻はポカンとしていたが、どうやら気づいたようで

「うっかりしてた」

と恥ずかしそうに笑っていた。

俺は呆れつつも笑っていたが、少し心に引っかかりを覚えずにはいられなかった。

しかしそんな心配は杞憂に終わり、しばらくは何もなく過ぎた。

だがそれからも妻はしばしばおかしな行動を見せた。

トイレットペーパーを何度も買ってきたり、道に迷ったりということがあった。

そして最大の疑いは辛くないカレーを作ったことだった。

出てきたカレーを一口食べて「なんでこれ辛くないの」とキツい口調で聞いた。

決して怒っていたわけではない。

日々の疑いが真実である可能性を考えると怖くてたまらなかった。

妻も一口食べて「あれそうだね、ごめん」と言った。

妻が何か言ってくれるなら良かった。

しかしカレーを食べるまで気づいていないような素振りだった。

病院に行こうと決心した。

「若年性アルツハイマーです」医師はそう告げた。

その口ぶりから軽い病気ではないことが伺えた。

若年性は進行が早く、治療手段はほとんどないと言われた。

「30歳まで生きられるかは保証できません」

目の前が真っ暗になった。

俺はすぐに仕事を辞めようと思った。

親父の財産が多かったこともあり、しばらく食べるのに困らないだけの貯えはあった。

上司に事情を告げると「休職という形にするから奥さんの病気が良くなったら戻ってこい」と言われた。

給料の安い会社だと不満を言ってきたが、感謝の気持ちで涙がこぼれた。

症状の進行はあっという間だった。

病気に侵された妻は人格まで変わってしまった。

異常に怒りっぽくなり、会話もまともにできなくなった。

妻が眼が見えないと言うので病院に連れて行ったら、

「視力はあるが見えてることを認識できていない状態」

だとわけのわからないことを言われた

娘は妻の実家で生活することになった。

この状態では娘に悪影響しかないと思ったからだ。

妻の病状は悪化するばかりだった。

風呂や食事も1人ではままならなくなった。

俺がウトウトとしているうちに徘徊することもあった。

泣きながら獣のように暴れる妻を見て、いっそのこと2人で死んでしまったらいいのではないかと考えたりもした。

とうとう妻は寝たきりになった。

虚ろな状態が続き、日に日に覚醒している時間は少なくなっていった。

とうぜん会話をすることなどできない。

失禁した妻の処理をしたり、全身を痙攣させる姿を黙って見つめる日々が続いた。

ある日いっそう激しい痙攣を起こした。

全身が燃えた紙のように縮まっていた。

俺は泣きながら妻を抱きしめた。

しばらくすると痙攣は治まり、ううと声の混じったような息を長々と吐いた。

そのまま妻は天国へと旅立った。

妻が亡くなったのは娘が小学校にあがる直前だった。

まだ26歳。

医師に言われたよりもずっと早かった。

葬儀のことはあまり覚えていない。

気がついたら終わっていた。

俺は妻の両親に土下座して謝った。

妻の父は俺の肩に手をおいて何度も「ありがとう」と言ってくれた。

それから娘をどうするかという話になった。

娘は俺との血の繋がりがないからだ。

いつもは能天気な叔父が真剣な表情で引き取るのは寄せと説得してきた。

むろん叔父に悪意はない。

俺の今後の結婚などに影響することを懸念したのだろう。

だが俺はもちろん娘を引き取るつもりだった。

誰がなんと言おうが俺と妻の子供だ。

そのことを伝えると、叔父はしぶしぶながらも理解してくれた。

妻の父は黙って頷いていた。

妻の母は泣きながら感謝の言葉を述べた。

娘が小学校にあがるのと同時に、こっちの家に戻ってきた。

もちろん妻の両親とは今も繋がりがある。

娘も妻の実家に行くのを喜んでいる。

俺は職場に復帰することができた。

前よりも会社のためにと思って働いている。

少し前に10歳になった娘がカレーライスを作ってくれた。

それは嫁のつくった甘口のカレーとそっくりで、涙なしでは食べられなかった。

娘に妻の話を聞かせた。

娘は妻のことを少しだけ覚えていると言っていた。

話していくうちに娘の顔が歪んでいくのが分かった。

俺を育ててくれた父のように、娘を育てていきたいと思ってる。

もちろん俺1人の力で何かができるわけではない。

ただ妻が残してくれた娘に誇ってもらえるような父親になりたい。

賢くなくてもいい。

美人でなくてもいい。

優しくて、健康に育ってもらいたい

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なあ有子。

娘の顔が君によく似てきたよ。

あれから娘は頻繁にカレーをつくってくれる。

すごく甘めのカレーだけどいまはそれが大好きなんだ。

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