けれどいつか、母に宛てて手紙を書こうと思います

けれどいつか、母に宛てて手紙を書こうと思います

それは、私が結婚して家を出てすぐのことでした。

引っ越したばかりで、郵便物の転送もまだ完了していなくて、ポストに入っているのはチラシの類ばかり。

そんな中、母から私宛の手紙が届いていました。

結婚するまで私はずっと実家暮らし。

母とは特別仲が良いわけでも悪いわけでもなく、至って普通の親子関係でした。

連絡を取るのに使っていたのはほとんどがメール。

それも『遅くなる』『出かけてくる』などの事務メールばかり。

その時だって、

『メールを送ってくればいいのに…』

と思いながら手紙を開きました。

そこには、久しぶりに見る気がする母の手書きの文字が並んでいました。

『こうして手紙を書くのは、なんだか恥ずかしい気がします』

『お父さんもみんなも元気で会社に行っています』

最初は、ただ私が出た後の家のこと、家族のことがつらつらと書かれてあったのですが。

『あなたがいなくなった家は、何だか静かになったような気がします』

『ついつい今までと同じように食事の用意をしてしまいます』

『洗濯物の量が減って、あなたがいないことにまだ驚いてしまいます』

母の中では、まだ私が一緒に暮らしている感じが抜けきらないようで、そんな気持ちを抱いてくれていることが嬉しくもあり、けれど少し申し訳なさも感じてしまって。

思えば、家にいた頃は家事の全てを母に任せて何もしない娘でしたが、母は文句ひとつ言わずにいてくれました。

家に帰ればいつもあたたかい食事があって、綺麗な洋服があって、普通に暮らせていたのは母が支えてくれたからでした。

『手紙の宛名を書いていて、あなたが結婚したんだと実感しました』

その時、思わず封筒の表書きを見直して。

新しい私の苗字、新しい私の住所。

ああ、もう私はお母さんの娘という立場だけではないんだ。

結婚も家を出ることも決めたのは自分なのに、何だか無性に寂しくなって泣きそうになって。

ふと、母がいる家に帰りたくなってしまいました。

私も同じ。

結婚したのに、自分が結婚したことを実感できていませんでした。

『結婚おめでとう』

『あなたの新しい家が、幸せでありますように』

そして、

『いつでもご飯食べにおいで』

私のお母さんは、なんてあったかい人なんだろうと、初めて思いました。

お母さんの娘に産まれてよかったと、初めて思いました。

私もいつか子どもを持ったら、こんな風に思ってもらえるようなお母さんになろうと思いました。

手紙をありがとう、とメールを返して。

やっぱり恥ずかしさが勝ってしまって、まだ手紙の返事は書けていません。

けれどいつか、母に宛てて手紙を書こうと思います。

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