おじいちゃんが一緒に走ってくれていたのかもしれません

おじいちゃんが一緒に走ってくれていたのかもしれません

私は、小さい頃からずっと何をするにもおじいちゃんと一緒でした。

友だちに遊びに誘われたら、家にきてもらって竹馬を教えてもらったり、竹とんぼを作ったりと現代の子どもたちがなかなか教えてもらえないようなことを、いっぱい教えてもらっていたのです。

いつもニコニコしていて、嫌な顔一つせずにみんなの相手をしてくれていました。

なので家族からも愛されていましたし、近所の人や友だちなどみんなから愛される存在でした。

ときどき自分だけに構ってほしいと思うこともありましたが、ぐっと我慢をしていました。

ある年の運動会の前に、私はリレーの選手に選ばれました。

当然、おじいちゃんにもぜひ運動会にきてほしいと頼むと、まことの走るところを見てあげたいからと心よく引き受けてくれました。

しかし、事件は突然起きてしまいました。

家族みんなで朝ごはんを食べていると、いきなりおじいちゃんが「うーうー」と唸り始めたのです。

みんな「ご飯が、喉に詰まったのか?」とかいろいろ心配していましたが、どうやらそういったものとは違って、あきらかに様子がおかしかったのです。

父親が車を出して、急いで近くの病院に連れて行きました。

結果はレントゲンで肺に、白い影が写っているとのことでした。

ただの肺炎かもしれないけど、一応大きな病院で見てもらった方がいいということで、体調の回復を待って後日別の大学病院で診察してもらいました。

結局、そこでは何も見つからずみんな安心していました。

それでもおじいちゃんだけは、ちょっと不安そうな顔をしていたかと思います。

翌日からは、「運動会までめいっぱい練習して、一位になるところをおじいちゃんに見てもらうんだ」と張り切ってひたすら走りこみをしていました。

そうして数日が過ぎたある夜、またおじいちゃんが倒れるようにしてもがき苦しんだのです。

「また、肺炎だろうか?」とみんなは思っていたのですが、症状は以前よりも重い感じでしたのでそのまま入院することになったのです。

なんだか、私は嫌な予感がしました。

それからは、ほとんど寝たきりの状態が続いてまともに会話もできなくなりました。

鼻にチューブをつけていたのもありますが、意識もあまりしっかりしていないようでした。

顔を近づけると、涙目になりながらこちらを見ていました。

「大丈夫だよおじいちゃん、無理をしないで」

その言葉が、最後におじいちゃんに投げかけた言葉だったかと思います。

その日の夜に、病室で息を引き取りました。

しばらくは、涙がとまりませんでした。

ただ、「果たせなかったおじいちゃんとの約束は、自分1人だけでも叶えたい」と思って、運動会が4日前までで待っている中走り込みを再開しました。

そうして、リレー本番では見事1位をとることができました。

もしかしたら、天国のおじいちゃんが一緒に走ってくれていたのかもしれません。

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